著者が精神科医になった頃、テレビゲームは楽しみと同時に癒しやなぐさめなどの効果があるものだった。それから25年余、社会は爆発的にデジタル化に突進。インターネットとスマホの驚異的普及は、生活をガラリと変えた。なかでも、スマホの衝撃は計り知れない。それによるコミュニケーションの形、人とのつきあい方の変容は、子どもから高齢者まで、どれほどの影響を受けているか。デジタルの恩恵は大きく、多分野に加速度的に拡大。もはや誰もがデジタルから離れられなくなっている現状に、精神科医として、どうしても悪影響や危険性、潜んでいる問題に言及しないわけにはいかない。そして、それらにどう対応すればいいのかを具体的に語る。
著者の診察室には、連日さまざまな悩みを抱えた人が診察に訪れる。
特徴的なのは、その多くが必要以上に頑張りすぎたり、「コロナの前に早く戻したい」と焦っていること。
こういう時だからこそ、安心して自分らしくいられるように、自分をいたわり、心にも体にもやさしい、新しい生き方を一緒に考えてみませんか。
ひとりの女性と男性が惹かれ合い、ともに生涯をすごすことを決めた。そんな平凡な出来事だったはずの眞子さまと小室圭さんの結婚は、なぜ社会からバッシングされたのか?
本書は、小室圭さんと眞子さまの駆け落ち婚から浮かび上がる、皇室女性のメンタルヘルスの問題や日本女性の自由と意思の問題などを精神科医の香山リカが読み解いた社会評論です。単純な批判や応援ではなく、もう少し深い日本の親子問題、社会問題、皇室問題を考えます。
ラク〜に生きたいアナタへの人生相談
義家族問題! 結婚! 汚部屋! 子供の勉強! 発達障害……etc
あなたの相談ゆるっと回答
義母ともめている、働きたくない、ママ友にはぶられる、子供が勉強しない、汚部屋がツライ、70代だけど作家になりたい……etc
『懸賞なび』のメイン読者である、40代・50代のリアルな悩みに、ふわっとゆるっとした回答ながら、なるほどという「わかりみ深い」解決方法を提示する精神科医・香山リカ先生の人生相談が待望の書籍化!
ま、いいか……とか、がんばらなくていいと思える1冊です。
ちょっと変えれば友だちともっと仲よく!
「友だちが少ない」「友だちとうまくいかない」
・・・そんななやみがあるキミに読んでほしい。
友だち関係のなやみをちょっと軽くするヒントがギューっとつまっています!
明日友だちと会うのが楽しみになるようなコツや方法を教えます。
新型コロナウィルスの世界的流行は、深刻な危機をもたらしている。
日本では感染症対策と治療の主役である医療現場で正式のガイドラインもなく、受診できない状況にもおちいった。
政府の初動対応の問題、なぜ検査が進まないのかなどを、最前線の現場で活動している専門医の目で検証し、今後の対策についても提言をする。
人々の心と身体をケアする、
癒しのプロたちに役立つ知識と方法
セラピストと医師は、協力し合いながら人を幸せに導く仲間である。
医学的診断や薬の処方とは別の方法でクライアントに寄り添う、健康生活の統合的な支援者になるヒントが満載!
心理カウンセリングの第一人者浮世満理子氏との対談も収録!
アロマセラピスト、リフレクソロジスト、心理カウンセラー、整体師…etc. 必読の1冊!
日本は大丈夫なのか?
未曽有の大災厄にあって闘う思想家と精神科医が「不条理」を読み解く
ポストコロナの「不条理」を生き延びろ!
「コロナ禍」という不条理をのりこえるために自分でできること
●「タブー」がポストモダンの不条理をのりこえる
●一人ひとりの「専門性」が不条理を突破する
●「知力」を武器として不条理に切り込む
<<刺激あふれる知のバトルロイヤル>>
「オジサンはなぜカン違いするのか」廣済堂新書
「長年マジメに一生懸命やってきて、いまも変わらないつもりなのに、最近なぜか周囲の目が冷たい」
―― 若者や女性とのコミュニケーションにうっすらとした不安を覚える、昭和半ば生まれのオジサンたち。ズレの根源は、オジサンたちが無意識のうちに引きずっている「昭和」な価値観にあります。昭和の常識は令和の非常識なのです。
たとえば「『お前のためを思って』とシビアに指導」「休日にLINEで女性部下を励ます」「ふつうの生活を守るために連日残業」「『いつまでもヤンチャ』にあこがれる」「『次のおすすめ』に従って動画を見続ける」
――これらがなぜNGなのか、わからないオジサンはズレています。もし本書の解説に「イラッ」ときたら、それはもう赤信号! 何がカン違いで、どうすれば地雷を避けられるのでしょうか。若者の心理にも詳しい精神科医による、厳しくも温かいアドバイスが詰まった、現代のオジサン必読書です。
「ヘイト・悪趣味・サブカルチャー 根本敬論」太田出版
見てはいけないものはあるのか?
語ってはいけないものはあるのか?
バブルに沸く日本で「表現の自由」を拡張したサブカルチャー、その象徴でもある漫画家・根本敬の世界に魅せられた精神科医が、サブカルとともに歩んできた自らの歴史を振り返りながら、90年代「悪趣味」ブームと平成末期の「ヘイト」の関連、表現することの未来と自由の可能性を解き明かす。
私は、31歳のとき書いた根本敬論で、「見てはいけない」と禁止されているものを見るのは「恋」と同じなのではないか、と書いた。「根本のマンガに登場する素材のうち、性倒錯者、糞尿マニア、守銭奴、乱暴者、貧乏な人などは、暗い世界とはいってもあくまで日常の了解がぎりぎり通用する」としながら、「妄想や幻覚、奇形、屍体などが自在に活動しだす時点」では、ついに「見てはいけない」の線が越えられている。私が、それを見たいというのは「恋」の視線なのだ、だから弾圧されることなどあってはならない、と書いた。あのとき「恋」という言葉で説明してしまった根本の漫画を、平成も終わるいま、もう一度、社会の中で考えてみたい。それがこの本の目的である。(本文より)